京都オフレポ その4「壬生、屯所跡へ」
2013夏の京都オフレポ、その4「壬生、屯所跡へ」編です。
ずるずるとUPするのが一年以上遅れてしまいましたが
今年の春と夏の分もまだあるし…忘れないうちに頑張ってUP!
※あまりにもレポの間隔があいてしまったため
「その4って…3と2と1はどこなの?」という方のために一応リンク貼っときます。
2013京都オフレポ その1(祇園散策、食べ歩き)
2013京都オフレポ その2(清水寺周辺)
2013京都オフレポ その3(池田屋討ち入り)
これらをざっと一日半で回ったのか~…今改めて見てもすごい。
なにせ真夏の炎天下でしたからねー。
写真結構あるので、折りたたみます。
涼しい池田屋でお腹も満たされたところで
今度は壬生方面に向けて出発です。
道中、賑やかな河原町駅そばにひっそり佇む石碑
「坂本龍馬・中岡慎太郎遭難の地」
なるほど、ここがあの有名な近江屋の跡地なんですね…感慨深いものがあるなぁ。
それにしても騒々しい街中に
あまりにひっそりと建ってるもんで
ここだよと教えてもらわなければまず気付かなかったでしょう。
で、このへんのなんというバス停から乗車したか忘れたんですが、
壬生方面には市バス一日乗り放題券をもっていたので
それで移動したかと思います。
るるぶ薄桜鬼を見ると
壬生方面観光モデルプランはバス停「四条大宮」からスタートになってましたが
私達が下車したバス停は「壬生寺道」だったんじゃないかなー…多分。
てくてく歩いてまず到着したのが旧前川邸。
土日祝のみ玄関でグッズを販売されてるそうです。
この日は残念ながら月曜日だったので
玄関先においてあるパンフレットを頂いて帰りました。
写真左側の倉庫の入り口にさりげなくある
だんだら模様の小さなのれん(見えるかな~…)が可愛かったです♪
旧前川邸のすぐ近くが八木邸ですね。
入り口には京都鶴屋鶴壽庵というお店があり、お抹茶や屯所餅を頂けるスペースはここ。
とにかく暑い日で…冷房のきいた場所にちょっと入るだけでもうね…生き返るようでしたw
さらに進むと八木邸が見えてきます。
一番来たかった場所なので、もうテンション上がりまくりです(笑)。
八木邸屯所の立て札。
中ではガイドの方の丁寧な説明があって、
大変興味深く聞かせていただきました。
内部の撮影は禁止されていますが、
この入口での撮影はOKだそうです。
係の方が「お友達と一緒に取りましょうか?」と気さくに声をかけて下さって、
この入口を背景にシャッターを押してくれました♪
ほんとにこじんまりとした家で、
こんなところに大勢で押しかけて
長いこと居座ってたのか…という事に
改めて驚きました。
芹沢さんが襲撃されたという部屋も
思ってたよりもかなり狭いなぁ…という印象でした。
ここに複数の恋仲のカップルが(衝立置いたとはいえ)
布団並べて寝てたってのが衝撃です。
江戸時代に防音設備とかあるわけないし
案外オープンなのが普通だったのかな…
何てタイトルだったか忘れたんですが
以前読んだ本の中で、
庭に潜んで芹沢襲撃の機会をうかがっていた総司たちが
芹沢さんとお梅さんの情事を見てたって描写があったんですよね。
(だったら他のカップルが同じ部屋で寝てても普通にできるんだろうか?)って
思っちゃったもんで…。なんか変な方向にばかり妄想たくましくてすみませんw
刀傷の跡とか台所とかお庭とか…説明を聞きながらせっせと目に焼き付けたんですが…
記憶というものは時間の経過とともに薄れてしまうものなので
実はもうほとんど輪郭がぼやけてしまってますね…残念。
八木邸内部を紹介しているガイド本とかの写真を見て
(ああ、そうそう、こんな感じだったよなぁ…)と思い出してます。
興奮冷めやらぬまま八木邸を出てさらにてくてく歩くと壬生寺に到着。
正面が本堂。その左に見えるのが千体仏塔。
境内は新選組の兵法調練場に使われ、武芸などの訓練が行われたそうなので
幹部や隊士がここで汗を流してた姿を妄想。
右手には壬生塚へ通じるこんな建物があります。
早速壬生塚への入場料100円を支払い奥へ進みます。
建物の出口から壬生塚へは、なんでか朱塗りの橋がかかっています。
謎のゴージャス感漂う橋を渡って右手奥にすすむと、近藤さんの胸像が。
はるばる会いに来ましたよ~。
芹沢鴨や河合耆三郎といった隊士のお墓がありました。
新選組顕彰碑
京都で活動している「新選組同好会」が、結成20周年を記念して平成7年に建てたものだそうです。
(壬生寺HPより参照)
壬生寺を後にし、残暑の中さらにてくてく。
今度は島原に向かって歩きます。
島原西門碑
島原の名前の由来(傾城町がここに移転された時の騒動が島原の乱のようだったために島原と呼ばれるようになった)や
ここに本来建っていた西門について詳しく書かれています。
西門は輪禍で二度も大破したそうな。
輪禍って事はトラックでも突っ込んだんでしょうかね。
火事で焼け落ちたという話はよく聞きますが、
二度の輪禍って…よっぽど当てられやすい場所だったのか。
こちらが揚屋建築で重要文化財指定の角屋もてなしの美術館。
夏と冬は閉まっているので、この時は残念ながら外観を見るだけでした。
(今年の夏は特別公開されていたので中もちゃんと見てきました♪
ほんとに素晴らしかったです。おすすめ)
で、島原の大門をくぐって外からパチリ。この門は独特の雰囲気を醸しだしてますね。
さらにてくてく歩いて今度は西本願寺へ向かいます。
暑い中かなり歩いて消耗したので、
途中の自販機で飲み物を購入して水分補給。
そこで私はふと
「昨日インテの荷物、日時指定しないで自宅に送ってしまったああああああああ」
…というとんでもない失態を犯した事に気付いてしまいます。
大阪インテから四国に発送した荷物は翌日の昼過ぎ(つまり今頃)には到着してしまってます。
つまり自分の不在時に自宅に同人誌の詰まったダンボール箱を送ってしまった~~ぎゃー…orz
慌てふためいて自宅に電話し、荷物届いても開けないようにと家人に釘をさしておきました。
「わかった。開けてないから大丈夫。てか重すぎて動かせない」
という返事でした。よかった…
そうなんだよね…イベントのあとの荷物って怪しいほど重いんだよねww
あまりの動揺で暑さもふっとんだところで(笑)
西本願寺の太鼓楼に到着です。
新選組と太鼓楼についての説明
新選組は西本願寺に屯所を移して、北集会所と太鼓楼を使用した、とあります。
北集会所は姫路市に移築されたため、現在新選組の足跡が残るのは太鼓楼のみ、との事です。
生き残った島田魁がここの守衛となったエピソードも記されています。
太鼓楼の前をずんずん進むと、西本願寺の入り口が見えてきます。
遠目でもキラッキラしてるのがわかるよ…
今回の旅で回った史跡の中ではダントツのゴージャス感w
近づくとなんともいえない威圧感。立派ですね。
門も立派だけど境内もとにかく広い。
ちょっとびっくりしたのが、本堂?の中に普通に入れること。
めちゃめちゃ広くて圧倒されました。
日陰で涼むことができたのが嬉しかったな~。
ここの階段でくつろぐ総司…のポーズをお友達にお願いし
それをもとにざっくり描いたのがこちら。
(でかい絵です。見たいって人だけクリックしてね)
西本願寺に遠足でやってきた総司が
原田先生の視線にふと気付き
「左之先生、何見てんの?」って
ちょっとからかうようなイメージで。
(すみません…私の描く総司の眼中にはほぼ左之さんしかうつってない)
総司ごっこできゃあきゃあ盛り上がった西本願寺を後にして
次に向かったのはリーガロイヤルホテル。
ホテルの入り口にはこんな石碑が。
新選組の不動堂村屯所跡がこのあたりだったそうです。
で、かなり疲れたのもあって
リーガロイヤルホテル内のラウンジで小休憩です。
そこそこなお値段のメニューが多い中、
抹茶アイスと団子とお茶がセットになって確か1000円しなかったはず。
ホテルにしてはまあお得感あるなぁ…と思ったセットです。
かなり満腹になりました。
(消費税上がる前なので、今はこのメニューがあるのかないのかわかりません)
ここでおしゃべりしてゆっくり休憩しました。
(疲れてて、ある程度休まないと歩けない~って状態だったのもありますがw)
このあと京都駅まで歩き、そこで解散しました。
私は青春18きっぷで四国へ…(笑)。
ちなみにオフレポ1はインテ終了後、
オフレポ2~4はインテ翌日の丸一日の記録なので
短い時間でよくこれだけたくさん回れたな~…と感心します。
私にとっては初の京都新選組史跡めぐり旅でしたが
プランは全てお友達にお任せ…という
まさに「他力本願ツアー」でした。
(ほんとに頼ってばかりですみませんでした…)
でもこうして短い滞在時間に
めいっぱいたくさんの史跡や名所を楽しく回ることができたのも
素敵なプランを考えて下さったお友達お二人のおかげです!
こうしてブログに書き綴ってみると
改めて楽しかった思い出がいろいろ浮かんできて
また幸せな気分になれますね。^^
京都史跡巡りが初めての私にお付き合い下さって
わざわざ暑い中、既に何度も行った場所に快くご同行して頂いた皆様、
本当にありがとうございました。
【その他】
当時の北集会所が移築された亀山御坊本徳寺は、
四国から関西への帰省の道中でもあるので、
ぜひ行ってみたいと思っています。
青春18きっぷがちょうど一枚余った、とかいう時に行こうと思ってるんですが
なかなかうまく余らないんですよね。
この夏は18きっぷを二度購入しましたが、
綺麗に家族で10枚使いきっちゃいました。
「青春18きっぷって、大人でも使えるきっぷなの?」とかよく聞かれますが
特に年齢制限ありません。
特急には乗れませんが、普通ならばどこまでも一日乗り降り自由な
五枚綴りのきっぷです。
5人で一日旅行したり、一人で5日間使ったりと
色々な使い方ができます。
個人的には片道2時間以内の観光地への往復に
日帰りで使うのが
さほど疲れないし一応元も取れるしで
ベストな使い方じゃないかな~と思ってます。
(張り切ってあまり遠い所に行く計画を立てると
ぶっちゃけしんどいですw)
ずるずるとUPするのが一年以上遅れてしまいましたが
今年の春と夏の分もまだあるし…忘れないうちに頑張ってUP!
※あまりにもレポの間隔があいてしまったため
「その4って…3と2と1はどこなの?」という方のために一応リンク貼っときます。
2013京都オフレポ その1(祇園散策、食べ歩き)
2013京都オフレポ その2(清水寺周辺)
2013京都オフレポ その3(池田屋討ち入り)
これらをざっと一日半で回ったのか~…今改めて見てもすごい。
なにせ真夏の炎天下でしたからねー。
写真結構あるので、折りたたみます。
涼しい池田屋でお腹も満たされたところで
今度は壬生方面に向けて出発です。
道中、賑やかな河原町駅そばにひっそり佇む石碑
「坂本龍馬・中岡慎太郎遭難の地」
なるほど、ここがあの有名な近江屋の跡地なんですね…感慨深いものがあるなぁ。
それにしても騒々しい街中に
あまりにひっそりと建ってるもんで
ここだよと教えてもらわなければまず気付かなかったでしょう。
で、このへんのなんというバス停から乗車したか忘れたんですが、
壬生方面には市バス一日乗り放題券をもっていたので
それで移動したかと思います。
るるぶ薄桜鬼を見ると
壬生方面観光モデルプランはバス停「四条大宮」からスタートになってましたが
私達が下車したバス停は「壬生寺道」だったんじゃないかなー…多分。
てくてく歩いてまず到着したのが旧前川邸。
土日祝のみ玄関でグッズを販売されてるそうです。
この日は残念ながら月曜日だったので
玄関先においてあるパンフレットを頂いて帰りました。
写真左側の倉庫の入り口にさりげなくある
だんだら模様の小さなのれん(見えるかな~…)が可愛かったです♪
旧前川邸のすぐ近くが八木邸ですね。
入り口には京都鶴屋鶴壽庵というお店があり、お抹茶や屯所餅を頂けるスペースはここ。
とにかく暑い日で…冷房のきいた場所にちょっと入るだけでもうね…生き返るようでしたw
さらに進むと八木邸が見えてきます。
一番来たかった場所なので、もうテンション上がりまくりです(笑)。
八木邸屯所の立て札。
中ではガイドの方の丁寧な説明があって、
大変興味深く聞かせていただきました。
内部の撮影は禁止されていますが、
この入口での撮影はOKだそうです。
係の方が「お友達と一緒に取りましょうか?」と気さくに声をかけて下さって、
この入口を背景にシャッターを押してくれました♪
ほんとにこじんまりとした家で、
こんなところに大勢で押しかけて
長いこと居座ってたのか…という事に
改めて驚きました。
芹沢さんが襲撃されたという部屋も
思ってたよりもかなり狭いなぁ…という印象でした。
ここに複数の恋仲のカップルが(衝立置いたとはいえ)
布団並べて寝てたってのが衝撃です。
江戸時代に防音設備とかあるわけないし
案外オープンなのが普通だったのかな…
何てタイトルだったか忘れたんですが
以前読んだ本の中で、
庭に潜んで芹沢襲撃の機会をうかがっていた総司たちが
芹沢さんとお梅さんの情事を見てたって描写があったんですよね。
(だったら他のカップルが同じ部屋で寝てても普通にできるんだろうか?)って
思っちゃったもんで…。なんか変な方向にばかり妄想たくましくてすみませんw
刀傷の跡とか台所とかお庭とか…説明を聞きながらせっせと目に焼き付けたんですが…
記憶というものは時間の経過とともに薄れてしまうものなので
実はもうほとんど輪郭がぼやけてしまってますね…残念。
八木邸内部を紹介しているガイド本とかの写真を見て
(ああ、そうそう、こんな感じだったよなぁ…)と思い出してます。
興奮冷めやらぬまま八木邸を出てさらにてくてく歩くと壬生寺に到着。
正面が本堂。その左に見えるのが千体仏塔。
境内は新選組の兵法調練場に使われ、武芸などの訓練が行われたそうなので
幹部や隊士がここで汗を流してた姿を妄想。
右手には壬生塚へ通じるこんな建物があります。
早速壬生塚への入場料100円を支払い奥へ進みます。
建物の出口から壬生塚へは、なんでか朱塗りの橋がかかっています。
謎のゴージャス感漂う橋を渡って右手奥にすすむと、近藤さんの胸像が。
はるばる会いに来ましたよ~。
芹沢鴨や河合耆三郎といった隊士のお墓がありました。
新選組顕彰碑
京都で活動している「新選組同好会」が、結成20周年を記念して平成7年に建てたものだそうです。
(壬生寺HPより参照)
壬生寺を後にし、残暑の中さらにてくてく。
今度は島原に向かって歩きます。
島原西門碑
島原の名前の由来(傾城町がここに移転された時の騒動が島原の乱のようだったために島原と呼ばれるようになった)や
ここに本来建っていた西門について詳しく書かれています。
西門は輪禍で二度も大破したそうな。
輪禍って事はトラックでも突っ込んだんでしょうかね。
火事で焼け落ちたという話はよく聞きますが、
二度の輪禍って…よっぽど当てられやすい場所だったのか。
こちらが揚屋建築で重要文化財指定の角屋もてなしの美術館。
夏と冬は閉まっているので、この時は残念ながら外観を見るだけでした。
(今年の夏は特別公開されていたので中もちゃんと見てきました♪
ほんとに素晴らしかったです。おすすめ)
で、島原の大門をくぐって外からパチリ。この門は独特の雰囲気を醸しだしてますね。
さらにてくてく歩いて今度は西本願寺へ向かいます。
暑い中かなり歩いて消耗したので、
途中の自販機で飲み物を購入して水分補給。
そこで私はふと
「昨日インテの荷物、日時指定しないで自宅に送ってしまったああああああああ」
…というとんでもない失態を犯した事に気付いてしまいます。
大阪インテから四国に発送した荷物は翌日の昼過ぎ(つまり今頃)には到着してしまってます。
つまり自分の不在時に自宅に同人誌の詰まったダンボール箱を送ってしまった~~ぎゃー…orz
慌てふためいて自宅に電話し、荷物届いても開けないようにと家人に釘をさしておきました。
「わかった。開けてないから大丈夫。てか重すぎて動かせない」
という返事でした。よかった…
そうなんだよね…イベントのあとの荷物って怪しいほど重いんだよねww
あまりの動揺で暑さもふっとんだところで(笑)
西本願寺の太鼓楼に到着です。
新選組と太鼓楼についての説明
新選組は西本願寺に屯所を移して、北集会所と太鼓楼を使用した、とあります。
北集会所は姫路市に移築されたため、現在新選組の足跡が残るのは太鼓楼のみ、との事です。
生き残った島田魁がここの守衛となったエピソードも記されています。
太鼓楼の前をずんずん進むと、西本願寺の入り口が見えてきます。
遠目でもキラッキラしてるのがわかるよ…
今回の旅で回った史跡の中ではダントツのゴージャス感w
近づくとなんともいえない威圧感。立派ですね。
門も立派だけど境内もとにかく広い。
ちょっとびっくりしたのが、本堂?の中に普通に入れること。
めちゃめちゃ広くて圧倒されました。
日陰で涼むことができたのが嬉しかったな~。
ここの階段でくつろぐ総司…のポーズをお友達にお願いし
それをもとにざっくり描いたのがこちら。
(でかい絵です。見たいって人だけクリックしてね)
西本願寺に遠足でやってきた総司が
原田先生の視線にふと気付き
「左之先生、何見てんの?」って
ちょっとからかうようなイメージで。
(すみません…私の描く総司の眼中にはほぼ左之さんしかうつってない)
総司ごっこできゃあきゃあ盛り上がった西本願寺を後にして
次に向かったのはリーガロイヤルホテル。
ホテルの入り口にはこんな石碑が。
新選組の不動堂村屯所跡がこのあたりだったそうです。
で、かなり疲れたのもあって
リーガロイヤルホテル内のラウンジで小休憩です。
そこそこなお値段のメニューが多い中、
抹茶アイスと団子とお茶がセットになって確か1000円しなかったはず。
ホテルにしてはまあお得感あるなぁ…と思ったセットです。
かなり満腹になりました。
(消費税上がる前なので、今はこのメニューがあるのかないのかわかりません)
ここでおしゃべりしてゆっくり休憩しました。
(疲れてて、ある程度休まないと歩けない~って状態だったのもありますがw)
このあと京都駅まで歩き、そこで解散しました。
私は青春18きっぷで四国へ…(笑)。
ちなみにオフレポ1はインテ終了後、
オフレポ2~4はインテ翌日の丸一日の記録なので
短い時間でよくこれだけたくさん回れたな~…と感心します。
私にとっては初の京都新選組史跡めぐり旅でしたが
プランは全てお友達にお任せ…という
まさに「他力本願ツアー」でした。
(ほんとに頼ってばかりですみませんでした…)
でもこうして短い滞在時間に
めいっぱいたくさんの史跡や名所を楽しく回ることができたのも
素敵なプランを考えて下さったお友達お二人のおかげです!
こうしてブログに書き綴ってみると
改めて楽しかった思い出がいろいろ浮かんできて
また幸せな気分になれますね。^^
京都史跡巡りが初めての私にお付き合い下さって
わざわざ暑い中、既に何度も行った場所に快くご同行して頂いた皆様、
本当にありがとうございました。
【その他】
当時の北集会所が移築された亀山御坊本徳寺は、
四国から関西への帰省の道中でもあるので、
ぜひ行ってみたいと思っています。
青春18きっぷがちょうど一枚余った、とかいう時に行こうと思ってるんですが
なかなかうまく余らないんですよね。
この夏は18きっぷを二度購入しましたが、
綺麗に家族で10枚使いきっちゃいました。
「青春18きっぷって、大人でも使えるきっぷなの?」とかよく聞かれますが
特に年齢制限ありません。
特急には乗れませんが、普通ならばどこまでも一日乗り降り自由な
五枚綴りのきっぷです。
5人で一日旅行したり、一人で5日間使ったりと
色々な使い方ができます。
個人的には片道2時間以内の観光地への往復に
日帰りで使うのが
さほど疲れないし一応元も取れるしで
ベストな使い方じゃないかな~と思ってます。
(張り切ってあまり遠い所に行く計画を立てると
ぶっちゃけしんどいですw)